浜いさをの木版画 その他小品集











アラべスク

木版画 ジェームスディーン
























アラベスク

木版画  ジャンギャバン




























木版画 目の花が咲いた




























メカの男





















  




浜いさを論

              大島幸治

 2003年、東京国立近代美術館工芸館は、「今日の人形芸術」と題して近代の日本の人形作品を回顧する展覧会を行った。その際、展示された浜いさをの「箱の男」をはじめとする作品群が同美術館に収蔵される運びとなったことは、浜いさをファンとしてまことに嬉しいことである。そこで浜いさを作品の収蔵の歴史的な意義について、この機会に論じておきたい。

「浜いさを」は、シュールレアリズムの系譜に位置づけられる「白い人形」というテーマで、きわめて哲学的に存在の根源を問うような創作活動を行ってきた“超硬派”の人形作家である。筆者は、平成8年にストライプハウス美術館の特別講義で「存在の根源を問うまなざし/ハイデッガ−『芸術作品のはじまり』から浜いさを作品の論理を読む」を報告(塚原操監修『ストライプハウス美術館1981-20002000年所収) し、また平成9年にはファッション環境学会全国大会(共通論題「人・形・遊」)において「身体意識から存在論へ/人形作家浜いさを氏の作品を手がかりとして」を報告(於神戸ファッション美術館)した。このように浜いさをは、ハイデッガーの言語論や現代の身体意識論と並べて哲学の問題として議論されるべき内容をもった作家であり、しかも現在でもその旺盛な創作力を発揮しつづけているという点では、現代人形作家の中でも筆頭に挙げられる存在であろう。同時に「とむ草也」という名前で、いわゆる「フランス人形」の伝統の主流に位置して、精緻な写実性と洗練された美的センスによってファンを魅了してきたことも忘れてはなるまい。

浜いさをの現代性は、シュールレアリズムの時代的限界に拘泥されない古典性にあるのだと思う。彼の創作活動は、多分に政治的色彩を帯びていた60年代末からのアヴァンギャルドの芸術運動と人形創作に呼応しつつも一歩距離をおき、一方で西洋人形の古典技法の王道を継承して完成を目指し、他方でシュールレアリズムが提起した哲学的思索を深めていく実験的創作に取り組むという、きわめて孤高な歩みを進めてきた。それが現代にあっても、なお色褪せることのない彼の作品の魅力を作り上げ、手法の時代的制約を超越したみずみずしい批評性と深い人間洞察を今なお保持させているのだと思う。

 現時点で「人形作家・浜いさを」を論じるとき、「白い人形」の哲学的問題性だけではなく、西洋人形の伝統の継承、さらにはビジュアル系ロック音楽、ゴスロリ・ファッションの流れでの人形への注目の高まり・再評価という現代の若者文化にあって、もっとも正統派の美学によって立つ人形作家として人気と尊敬を集めているという現代性、この3点を視野に入れなければ正しい評価は出来まい。浜いさをの哲学性は、これまでも機会ある度に議論してきたので、まずその西洋人形の伝統の中での位置づけから論じてみよう。

「フランス人形」という西洋風の人形が日本でも制作されるようになった草創期には、竹久夢二が主宰した人形制作者集団「どんたく社」(堀柳女・岡山さだみ)や帝展工芸部の設置、さらに人形部門の設置(昭和11)という大きな転機があるが、この時代のフランス人形作家の巨匠として水上雄次がいる。彼は、少女絵画やファッション、人形制作など幅広く活躍した中原淳一や川崎プッペの盟友でもあり、伝統工芸品としての人形から脱却し、同時に富国強兵・軍国主義という「ますらおぶり」の風潮の中、男性なのにロマンチックで可愛らしいファッションやフランス人形の美しさを追求するという非暴力的で耽美的な「たおやめぶり」の新しい美意識を提示した先駆者でもあった。日本の伝統工芸として「生き人形」といったスーパーリアリズムの表現力はすでに確立されていたが、西洋の人形をさらに理想化して追求し、むしろ本場のフランスよりも美しく理想化された日本的な「フランス人形」を制作したという、日本の人形制作史上の一側面を代表する存在であった。

浜いさをは、この水上雄次に師事した。彼は、草創期の巨匠たちの表現力を吸収しつつ、「たおやめぶり」の内省的な方向性、人形と人間の内面の暗闇との関わりをシュールレアリズム的な手法で掘り下げていったのである。浜いさを作品は、「幻想的」と評されることが多いが、その方法は、意図的にありえざる世界を構築して、非現実で不合理で、怪奇でグロテスクであるがゆえに、平凡な日常性よりも魅力的である…という表現を志向する幻想芸術の行き方とはまったく違う。彼は、古典古代以来揺らいだことのない正当な世界理解、すなわち自意識と理性、論理を以って世界を正当に認識し、結局のところ社会と文明をとコントロールする能力を獲得するというオーソドックスを否定する。日常の生活の中に散見されるイメージ、例えば脱ぎ捨てられた服や浜辺に打ち寄せられた流木、ガラスの破片、壊れた自転車…といったものの中に、自分がよく知悉していると信じこんでいる「現実」とは違った別の「現実」を見つけ出し、実は眼前のリアリティーなどというものは自分の想念が作り出した幻影、嘘っぱちに過ぎないかもしれない…と考える。このような非日常を孕んだヴァーチャルな日常性に裂け目を入れ、実は世界がそう見せていたかもしれない可能性の世界像に近づく…そのkey conceptが、「人形」だったのである。だから彼の人形は、根を生やし葉を茂らせたり、逆に樹木から人体が生まれてくるのであり、あるいは壁に映った作品の影にこそリアルな人体のイメージが宿っていたりするのだ。

彼のスタイルは、徹底したExpressionismである。彼の作品は、現代美術の彫塑作品と見まごうような側面もあるが、モデルも用いず、下絵も描かない点では、彫刻の方法とは大きく違っている。対象を抽象化し、デフォルメしていくプロセスは採らない。人形制作の経験で身に付けた鋭敏な触覚を頼りに、徹底して自分の内面のイメージを立体のフォルムに作り上げるのである。私は、浜いさをが粘土をこねて「手」を作り出すのを目の前で見たことがあるが、その手の中から瞬く間に力強くリアルな人間の手が作り出されていくのだ。「これみよがしにリアルなだけの形じゃイヤラシイんだな。本当の形というのはね・・・」と言いながら、影ができたところに真にリアルに見える形、内に存在感が宿る形・・・へと、その「手」をデフォルメしていく。こうした制作過程は、すべて彼の内部から湧き出してくる天性の感覚と、人体を凝視しつづけて作り上げた、長年の修練による手業なのだ。

戦後日本に輸入されたシュールレアリズムが、第一次世界大戦という悲惨な現実、近代ヨーロッパを支えていた伝統的価値観の崩壊、いわばカール・ヤスパースの言う「世界没落」を背景にしているように、浜いさをは、戦後の満州引き上げ、結核の療養を含めた「世界没落」の辛い経験をかいくぐっている。その中で、眼前のリアリティーを信用せず、むしろ自分の中にある認識作用や印象、イメージが眼前の世界を立ち上げていくプロセスを立体像にして提示しようという方法を採ったのである。

「彫刻は野外で風を感じながら宇宙を唄えばいい、心の宇宙のことは屋内の人形にお任せなさい」と述べる浜いさをは、日本の伝統的人形の文化的な脈絡やイメージ、日本人がフランス人形を制作するということで抱えてきた屈折に富んだ背景を創作に内包していると言えよう。いわば宮城道雄の弟子が流派を守って琴の演奏家として活動しつつ、シェーンベルクやブーレーズを向こうにまわして前衛技法のピアノソナタを作曲・演奏するような道を歩んできたわけで、前衛芸術の文化的コンテキストとしては、きわめて独自な融合の道を歩んできた。

水上雄次の人形教室を引き継いで、いまや40年を越える彼の人形制作指導の活動は、「0(ゼロ)会」といった人形制作者集団となって広がりを見せている。もちろん日展や伝統工芸の作家たちの巨大な系譜があるが 現在の創作西洋人形の原形は、多くが藤田ふみや浜いさをなどの水上雄次一門の創作活動、あるいは浜自身が参加した「グループ・グラップ」(川本喜八郎・佐藤三郎・町田豊・辻村ジュサブロー)、あるいは四谷シモンの影響下にあると言えよう。また桑沢デザイン研究所の教壇に立ち、「塑像がフワリと浮かび上がる印象を生み出すには…、およそ自立しそうにないポーズの人形を自立させるには、…四肢を折り曲げたポーズにリアリティーを感じさせるバランスは」といった造形上の秘訣や解剖学的構造から運動する人体表現について学生に語ってきたのである。

60年代末から70年代のアヴァンギャルド作家たちは、一様にシュールレアリズムの人形作家ハンス・ベルメールの影響を受けたし、確かに読書家の浜いさをのレトリックには、アンドレ・ブルトンやルイ・アラゴン、アントナン・アルトー、エリュアールなどの影もある。ベルメールの受容者としては、澁澤龍彦によって強く推奨された四谷シモンの知名度は傑出しているが、浜いさをは、政治性を拒否して、この時代の流行と一線を画して思索を深めていった人でもある。彼は、澁澤あるいは種村季弘、池内紀、唐十郎など一時代を代表した文学者、演劇人、哲学者との交流において、知る人ぞ知る広がりと高い評価を得ているが、彼らと運動を共にすることはあえてしないできた。交流は求めても徒党は組まず、政治性を避けて流行にも乗らないという、孤高で辛い道を選択したことにより、彼は美術史上の一時代に分類されてしまうことを逃れ、40年後の現在においても、相変わらず先端に位置する前衛アート作家でありつづけている。そして新たに若者たちの支持も得はじめてもいる。これは、驚くべき偉業ではあるまいか。

水上雄次の系譜において四谷シモンの先輩でもあり、ベルメール風の関節人形の模倣を脱却して「白い人形」という独自の作風を確立して営々とそれを深めてきたという点、また日本の現代アートとしての人形芸術の到達点を示す存在として、浜いさをは、もっと注目されるべき作家である。今や彼は、並ぶもののない現役バリバリの巨匠である。一定の需要が常にある伝統工芸品としての「人形」ではなく、現代アートとしての人形という、いささか陽のあたりにくいフィールドを開拓して築き上げてきた浜いさをの創作活動を、東京国立近代美術館が高く評価して、収蔵へと動いてくれたことに対して、ファンの一人として心からの感謝と喜びの言葉を述べたいと思う。

 

大島幸治(評論家)
慶應義塾大学大学院経済学研究科修了。
言語哲学・道徳哲学を中心としたイギリス思想史を専門とする。
玉川大学芸術学部・実践女子短大・桑沢デザイン研究所講師他。
言語論、記号論から見た現代アートの評論を中心に執筆活動をしている。
主な著書に『アダムスミスの道徳哲学と言語論』(御茶の水書房)
『ファッション・クリエイションのひみつ』(東京堂出版)など。
















        木版画 目の花が咲いた















木版画 アンジェリーナジョリリー

















          木版画 目の花が咲いた










































 
作品上左から  アラベスクA(H40)  ジェームスディーン(イメージサイズ40×25)  アラベスクB (H35) 右 目の花が咲いた(イメージサイズ33×25) 
左 目の花が咲いた  右 目の花が咲いた((イメージサイズ45×37)  左 目の花が咲いた  右 綱渡り  左 メカの男   右 踊る  左 綱渡り